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最高裁判所第三小法廷 昭和58年(行ツ)106号 判決

上告人 財団法人天下一家の会こと財団法人肥後厚生会

被上告人 熊本地方法務局登記官

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人長谷部茂吉、同浅見敏夫、同中村尚彦の上告理由第一点について

法人登記の職権抹消手続(非訟事件手続法一二四条により準用される商業登記法一一〇条ないし一一二条)における登記官の審査権限は、登記簿、申請書及びその添付書類のみに基づいてするいわゆる形式的審査の範囲にとどまるものであるから、右職権抹消処分の取消訴訟においては、裁判所は、右形式的審査権限の範囲内において登記官がとつた権限行使の適否を審理判断すれば足りるのであつて、登記官の審査権限の範囲に属さない右書類以外の資料に基づいて処分の適否を判断すべきではないと解するのが相当である。したがつて、右と同旨の見解に基づき、所論原始寄附行為の本件処分の適否に影響しないとした原審の判断は正当であり、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

同第二点及び第三点について

原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、任期満了により退任した理事の行つた新理事選任行為は無効であり、理事就任等の登記につき登記された事項に無効の原因があるとしてされた本件処分に、審査権の逸脱等の違法はないとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判官 安岡満彦 伊藤正己 長島敦 坂上壽夫)

上告理由

第一点 原判決には行政事件訴訟法第三条二項所定の「処分取消の訴え」についての法解釈を誤り、ひいては登記官の有する形式的審査権と裁判所の審査権とを同一視し、上告人の裁判を受ける権利を否定した違法がある。

原判決は、上告人の真正な寄附行為二一条が「役員ハ任期満了後ト雖モ後任者ノ就任スルニ至ル迄其ノ職務ヲ行フモノトス」と定めていることを認めながら、本件処分取消請求訴訟は行政事件訴訟法三条二項所定の「処分取消しの訴え」に該当し、その訴訟物は当該処分の適否であるから、原処分において判定の基礎となしうる資料の範囲が限定されている場合には、司法審査をなすべき裁判所も処分片が資料とすべきでなかつた資料をもつて原処分の適否を判断することはできないと判示したが、まことに驚くべき暴論というのほかないものである。しかも、さらに驚くべきことは職権抹消に先立ち、登記をした者に対し異議申立の機会を与え、所定期間内に異議を述べないときは、登記を抹消すべき旨を通知しなければならず、異議を述べた者がないとき登記を抹消しなければならないとされているから、登記をした者は異議の段階で資料の補完が可能であり、したがつて、右の如く解してもその権利保護に欠けるところがないと独断している。しかし、これなら一登記官の職権抹消処分に対し控訴を起こすことを拒否していると全く変りはない。けだし、資料すなわち証拠の新たな提出を禁じて原処分の適否を判定すべきものとしては、裁判所はただ原処分の確定した事実に対する原処分庁の法律判断の適否につき裁判すべきこととなり、事実審裁判所も上告裁判所の機能を果すだけとなるからである。のみならず、原判決によるときは、原処分に対する審査請求においても(甲六号証)審査庁は新たな資料の提出を拒否しうることとなり、かくて、原処分の適否だけにつき合計四審判機関(審査庁、三裁判所)が上告裁判所と同様の法律審としての機能を営むこととなつて事実審裁判所は存在しないという奇観を呈するにいたるであろう。かくのごときは、裁判所自ら裁判の機能を否定し、裁判所を行政機関に隷属せしめる違憲の見解といつて憚らないのである。

登記官の処分を争う訴訟の訴訟物が当該処分の適否そのものであるとする原判決の見解はそのとおりであろう。しかし、それだからといつて司法審査をなすべき裁判所が、処分庁の資料とすることができなかつた資料をもつて原処分の適否を判断できないことにはならない。原処分が特定の資料を根拠としてのみなさるべきであるということは、登記官が形式的審査権しか有しないことからの当然の帰結であるが、裁判所は原処分が客観的に適法であるかどうかを実質的に審査すべきもので、そのために法律上可能なあらゆる資料を用いることができるのである。すなわち、裁判所が原処分の適否を審査するのは、登記官の処分が形式的に見て誤りがあるかないかを審査するだけでなく、登記官のした処分が形式的には適法であつても客観的、実質的にも違法の点がないかを訴訟上可能なあらゆる証拠によつて判断すべきなのである。原処分の適否を争う訴訟は、原処分をした者の責任を問う訴訟ではないから、原処分をした者の処分が法律上ないし制度上やむをえない当然の処分だつたとしてもそれが客観的、実質的に違法であるかぎり、裁判手続においてはその処分を取り消さざるをえないのであつて、原審はこの点において重大な過誤を冒し、ひいて自ら裁判所としての職責を放擲したものというべきものである。

上告人財団法人肥後厚生会の寄附行為二一条によれば、前記のごとく、「役員ハ任期満了ト雖モ後任者ノ就任スルニ至ル迄其ノ職務ヲ行フモノトス」と規定されており(甲八号証)、任期満了による退任理事も新たな理事が就任するまで従前と同様の理事としての権利義務を有するのであり、したがつて後の第二点に指摘するような、かかる規定のない場合の退任理事の権限に関する諸説に措いても、本件の退任理事は寄附行為所定の手続に従つて新理事ひいて新理事長を選任しえたのであり、本件の理事選任手続にはなんら違法の点がなく、選任された新理事、ひいて新理事長はいずれも適法正当な新理事である。そして原審の引用する第一審判決もこれを認めている。しかるに、右の第一審判決は、本件新理事選任行為が有効であるから、本件の原処分が維持されるべきかはひとつの問題であるとしながら、この場合には改めて正当な書類を添付して登記申請すればよいから、原処分を維持するに支障はないかのように判示している。しかし、法律上適法に選任された理事の就任登記を抹消したのは、明らかに違法であることは論議の余地がなく、登記抹消が違法である以上その原登記は当然に回復登記によつて回復されなければならないのは当然で、抹消された登記と同一の登記申請をすればよいなどとは法を護るべき裁判官の口にすべきことではない。のみならず理事就任登記の日が現実の就任時期と日を異にするときは理事の対外行為が第三者に対し対抗力を持つかどうかに大きな影響を及ぼす理であるから、すでに四年半前の適法に就任登記をしたのを違法に抹消した事実を認めながら、その抹消登記の回復登記をせず、新たな就任登記をすればよいなどとするのは登記の時期が対外的にいかに大きい意味を有するかを解しない不当極まる見解というのほかはないのである。

第二点 原判決には、登記申請についての登記官の審査権の範囲を不当に拡大解釈した違法がある。

原判決の引用する第一審判決は、非訟事件手続法一二四条によつて準用される商業登記法第一一〇条一項、一〇九条一項二号、一一二条を根拠とし、登記された事項につき、登記簿、申請書、添付書類等法律上許された資料から客観的明白に無効の原因があると認められるかぎり、審査権を行使してその登記を職権で抹消することができるとしたうえ、本件の理事選任は、任期満了後二〇年以上を経過した旧理事の関与によつてなされた無効のものであることが、変更登記申請書およびその添付書類等から明白に認められるから、その選任に無効の原因があることは明らかであつて登記官がその就任登記を職権で抹消したことには違法はないとした。

しかし、任期満了によつて退任した財団法人の理事に、新理事が選任されるまでの間従前と同様に理事としての職務を行なうべき権利義務があるかどうかは、しかく単純に決せられるべき問題ではなく、裁判を経ずに一登記官がその恣意により結論を抽出しうる事柄ではない、次にその理由を述べる。

(一) 一般に法人の理事者が任期満了等の事由により退任した場合に後任の理事者が就任するまでの間なお、従前と同様に理事者としての権利義務を有すると解すべきかは、株式会社およびその準用法人のごとくこれを肯定する法規が存する場合または定款、寄附行為等の根本規則にその趣旨の定めがある場合は格別かかる趣旨の法規ないし法人の規則が存しない法人につき、常に起りうる困難な問題である。そして、これをもつぱら形式的に見て、右のような法規または法人の自治規則の定めがない場合は、これを消極に解するほかはないとする考え方とこれを実質的に見て、かかる法規または法人の自治規則の定めがない法人においても、法人の運営上これを肯定すべきを当然とするとする考え方とが対立する。そして、本件の登記官および第一、二審は前説をとりしかも、その説のみが正当であると独断しているのである。

しかし、右両説のいずれを正しいとすべきかはともかく、いやしくも両説の対立がある以上、一登記官がその一方を正当であるとしてすでになされた登記を職権で抹消するのは、明らかにその権限を逸脱するものといわなければならない。この点につき、原判決の引用する第一審判決は、登記の「無効原因の存否の明白性とは、事実関係の明白性をいうものであつて法律判断の明白性をいうものではないから、登記官としては、客観的明白に認められる事実関係を前提とする限りたとえ、法解釈について見解が分れている場合であつても、正当な法解釈に従つて登記された事項に無効の原因があると判断される以上は、当該登記の職権抹消をすることができる」と述べているがかかる見解は独断または暴論以外の何ものでもない。けだし、「無効原因の存否の明白性」とは、明白な事実関係に対する法律評価(有効か無効か)において異説を見ない程度に確定していることをいうものであつて事実関係の明白性をいうものでは断じてない。事実関係は提出された登記申請書および添付書類、登記簿によつて常に明白であり(その他の書類を資料となしえない意味において)その事実関係に対する法律評価において無効とする点で異説を見ない場合はじめて登記官は当該登記を職権で抹消することができるのである。これは常識的に考えても争いある法律解釈において、そのいずれを是とすべきかは究局において裁判所の裁判を待つほかないのであつて、一登記官が裁判所の裁判を待たず、いかに多数説とはいえ、争いある法律解釈の一を正当な法解釈と独断して登記を職権抹消するがごときは明らかに越権行為であり、これを裁判所自体是認するがごときは、裁判所自ら裁判の独立を否定して他の権威に屈したか、自らの無能を曝露したかのいずれかであると疑われてもやむをえないであろう。特に、この点において、右の第一審判決が「法解釈について見解が分かれている場合であつても、正当な法解釈に従つて登記事項に無効原因があると判断される限り、当該登記を職権抹消することができる」と判示している点は、理由齟齬の違反を犯すものである。けだし見解の分れる法解釈でそのいずれを正当な法解釈とすべきかは、裁判所のみが決すべき問題であつて、裁判を待たず一登記官がその一を正当な法解釈と断ずることはできないからである。

のみならず、当代理人は、前記商法の規定のような規定も準用規定もなく、また法人の自治規則にも同様の定めがない法人についても、商法の右の規定を類推適用すべきであると信ずる。その理由は次のとおりである。

わが国民の法意識の低さというか遵法精神の欠如というか法人の代表者が任期満了時後任の代表者を選任する手続をとらず、任期満了後も依然として自らが代表者として法人を運営し、数年あるいは一〇年以上を経て代表者の交替等の事由から改めて役員の就任登記を申請し、ために登記懈怠の事実が発見されて登記所から登記過怠事件として裁判所に送られ、過料に処せられる事件は毎年数千件に達する筈である。したがつて、このように多数の法人が任期満了後数年にわたり、依然として代表者として対外的に無数の法律関係を形成してきたのに、そのすべてを無権限者の行為としてその効力を否定しなければならないとしては(別途救う道が考えられる場合もあろうが)、無数の権利関係につき収拾のつかない混乱を生ずるであろう。のみならず、ひとしく経済団体でありながら、いわゆる準用法人でない信用金庫や代表社員の定めのある合名会社、合資会社等につき、準用規定のないことを理由にその類推適用を認めないことも、取引の規模はともかく取引の安全のため好ましいことではない。そして、このことは、民法上の法人についても妥当とする。人格を有する団体でありながら、数年以上も休眠していると解することは、現実にはその間、当該法人の名において法律的活動をしている者がいるだけに採りえないと思うのである。

思うに、財団法人の寄附行為上商法二五八条一項のような規定がない場合に、同条項の類推適用を認めないと、そのような規定のある財団法人に比しきわめて不当または煩雑な事態を生ずる。すなわち、この場合には、任期満了前あらかじめ後任の理事を選任しておくことができると思われるが、財団法人の多くは右のような規定があるか、そのような規定がなくとも任期満了後でも後任の理事を選任することができると考えるのが普通であるから、任期満了前予め後任理事を選任しておくことなどに思い及ばないのが、わが国の実情である。したがつて、任期満了後の理事は原判示のごとく仮理事をもつて補うほかないとすると、財団法人が仮理事の意のままに運営されるおそれがあるだけでなく、仮理事が後任の理事選任手続をとらないと財団法人は永久に完全に仮理事の手中に陥る結果となる。かりに、仮理事が寄附行為に則り後任の理事を選任したとしても、その理事の任期満了後は再び仮理事の選任が必要となり、かくして、寄附行為の改正がない以上、永久に仮理事の選任を繰り返すこととなる理である。かかる結果を寄附者は果して予測したであろうか。のみならず、このように、財団法人が永久に国家の干渉を受けるようなことは、決して好ましいことではない。このように考えてくると、特別の定めのない財団法人についても、商法の前記規定を類推適用するのを妥当とすべきである。そして、かく解することは、右の規定を有する財団法人とその所遇を一にすることになり、公正妥当な結果となると思うのである。

(二) かりに、右の見解をとりえないとしても法人の理事が任期満了により退任した場合でも、民法六五四条の準用により後任理事を選任することができるのではないかと解される余地がないこともなく、その是非も一に裁判上で解決さるべく、一登記官が安易に結論を出しうべきことがらではない。

この点につき、原審の引用する第一審判決は、右法条のいういわゆる善処義務は、「急迫ノ事情アルトキ」に限り認められるものであつて、この場合には応急の処分として後任の理事の選任権を行使しうる余地が残されているとしながら、本件では前理事が遅くも昭和二七年一〇月一〇日までにはその任期が満了していたのに、その後二〇年余も経過した四八年三月一〇日になつて前理事による理事会で新たに新理事五名を選任したのであるが、当日の理事会議事録によれば、当財団法人は社会情勢の変化とともにその活動が低調になり、資金的客観的諸条件の下に仮眠状態を続け、当然開くべき理事会も開催せず、当日にいたつたというのであり、これによれば、右新理事の選任は、「急迫ノ事情アルトキ」なされたものとはいえないから、その選任は無効であり、これと同趣旨に出た登記官の判断には誤りはないとし、これに対し、上告人が原審において登記官は当該登記簿、登記申請書およびその添付書類から明白に登記事項につき無効の原因が見出される場合に限りその登記を職権で抹消することができるのであるが、退任理事が後任理事を選任することができる「急迫な事情」があるかないかは、実体的な判断であつて、しかも登記簿、登記申請書およびその添付書類から判断できるものでもないから、登記官の形式的審査権の範囲外にあると主張したのに対し、原審は退任理事が「急迫な事情」があるため退任理事を選任する場合には「議事の経過の要領」として当然その旨議事録に記載すべきであるから、「急迫な事情」の存否の判断は登記官の有する形式的審査権の枠内で判断可能な事項であり、本件の理事会議事録の記録からは右の「急迫な事情」が存在したことを窺わせる余地が全くないから、登記官がかかる事情が認められないとして本件登記を職権で抹消したことになんら違法の廉はないとして上告人の右主張を排斥した。

しかし、「急迫な事情」があるかないかは実体的な判断事項であつて、一登記官の判断しうる事項ではないのみならず、退任理事が「急迫な事情」があるとして後任の理事を選任する場合に理事会の議事録に「急迫な事情」の存在事実を記載すべきであるとする考え方も根拠のない独断である。のみならず、理事の任期が満了し、法律上当然に後任理事を選任すべきなのに、これを放置している場合は、任期満了の理事が従前と同様理事としての職務を行うべき権利義務を有すると解した場合でも、喫緊に後任理事を選任すべき事情があるというべきであり、ましてや任期満了の理事に右の権利義務がないと解する場合は理事の存しない法人を放置する結果となるのであるから、いよいよ後任理事を選任すべき「急迫な事情」があると解すべきであるから、任期満了の理事が後任の理事を選任したとしてその登記申請をした場合は、その申請自体から「急迫な事情」にもとづく後任理事の選任であつて、その登記申請は適法であると解すべきであり、理事選任の議事録に他に「急迫な事情」を記載すべきであるから、これにその記載がない限り、その事情がないとして登記官が当該登記を職権で抹消することができるなどといえるものではないのである。なお、原判決は、前理事の任期満了後二〇年余も放置した後、後任の理事を選任したこと等をもつて、その選任に「急迫な事情」がなかつたと考えたもののようであるが、右に述べたように、理事の存在は財団法人の存在および活動の必須の要件であるから、その存在が欠けた場合は、常にこれを補充すべき「急迫な事情」があるのであつて、この事情は、前理事の怠慢から二〇年余も補充されなかつたことによつて、いささかも変るものではないのである。

(三) 原判決の引用する第一審判決は、上告人(原告)の「任期満了によつて退任した理事に後任理事の選任権がないとすると、本件財団法人のような場合は、理事の任期満了によつて事実上事業活動ができないこととなり、不都合な結果になる」とする主張に対し、「この点は民法五六条により仮理事を選任することで対処すべきものであつて、原告が指摘するようにはいえない」と判示した。しかし、民法五六条は理事の一部が在任中死亡したため定款または寄附行為所定の員数に不足を生じ、理事会を構成することができなくなつたとか、代表理事が後任の代表理事選任の手続を採らないで死亡し、残存理事間に内紛があつて仮の代表理事を定めることができないとか、理事の一部が欠けたため法人の運営に支障を生ずべき場合に対処する、その名のとおりの暫定的理事選任についての規定であつて、理事全員が任期満了で退任したような場合を予想して設けられたものではない。理事全員が任期満了で退任するような場合は、多くの場合理事選任権者が任期満了前にあらかじめ後任の理事を選任しておくか、定款または寄附行為に、任期満了の理事が後任の理事が選任されるまで従前と同様理事としての権利義務を有する旨の規定を設けており、これによつて退任理事が後任の理事選任手続を進めるのを通常とするから、仮理事を選任すべき必要など予想しなかつたのである。もとより事実上は定款または寄附行為に退任理事が従前と同様理事としての権利義務を有する旨の規定がない場合も予想しえないではない。しかし、この場合でも商法二五八条の類推適用または民法六五四条の準用により、右の規定がある場合と同一の結論がえられる可能性もあるから、法がこの場合も予想して仮理事の選任制度を設けたものということはできない。

思うに、財団法人は公益法人であり、その点から国家がある程度これを監督する必要があることは、これを否定することができないであろう。しかし、他面財団法人も一の私法人であり、その組織活動については私的自治の原則が妥当し、特別の場合の外は国家はこれを干渉しないのが原則である。のみならず、財団法人の設立者は公益のため財産を出捐したとはいえ、事実上その活動に深い関心を有し、ために自ら代表理事となつて法人を運営するか、全幅の信頼を寄せる者を理事、代表理事として法人を運営させるのを常とするから、寄附行為にたまたま商法二五八条一項のような規定を設けるのを遺脱した場合でも、その規定があると同様に考えているのが普通であり、寄附者のこのような心情を思うとき、法解釈の立場としてはできるだけ設立者の意に副うように努むべきを当然とすべく、しかるときは、退任理事が従前と同様に理事としての職務を行うべき権利義務を有する旨の規定がなくとも、その規定があると同様に解し、国家による仮理事の選任を避けるべく努むべきものと思うのである。なお、かりに、任期満了により理事が退任した場合でも、仮理事を選任しうると解するときは、仮理事はこの場合寄附行為の定めるところに従つて後任の理事を選任することとなるであろうが、本件のように理事全員の任期が満了して退任しているような場合は、寄附行為にもとづいて後任の会長を選任する方法がないことに帰する理である。けだし、本件真正の寄附行為(甲第八号証)には「会長ハ……県在住ノ見識人格共ニ卓越セル徳望ノ士ヲ以テ理事会ノ推薦ニテ之ヲ推戴ス」(第一六条)とあるが、この場合推薦を受けるべき理事会を構成する理事がいないからである。もつとも、理事全員が退任した場合は、寄附行為所定の員数の仮理事選任方を裁判所に求めるであろうから、(第一四条)会長の職務を行なう仮理事が仮理事全員をもつて構成する理事会の推薦にて後任の会長を選任することとなるといえるかも知れない(第一五条)。しかし、かく解するときは、財団法人は完全に裁判所によつて選任された仮理事の手中に帰し、財団法人設立者の意図に反して運営される危険性を生じないとは限らない。そして、この危惧は、財団法人は独立の公益法人であつて仮理事は裁判所の選任する公正の第三者であるということによつて払拭しきれるものではないであろう。そしてまた、財団法人が公益法人だからといつてその設立者が自ら理事となり、またはその意思によつて選任した理事によつて自らの企図した公益の目的を達しようとしていたのに、自己と関係のない裁判所の選任した仮理事によつて永久に財団法人を支配されることとなり(仮理事が理事したがつて代表理事を選任する結果となるから)設立者の意図が踏みにじられることとなるおそれもないことはない。のみならず、特に注意すべきは、仮理事が後任の代表理事選任の手続をとらないおそれがあるということである。社団法人の場合には、社員総会があるから、後任の理事したがつて代表理事を選任しないわけにはいかないであろうが、財団法人の場合には、仮理事以外に社員もいないから代表仮理事が後任の理事したがつて代表理事の選任手続をとらなくとも、文句をいうものがなく、その結果、財団法人は永久に仮理事の手中に陥るおそれを生ずるのである。この場合、裁判所は監督権を行使して仮理事に理事したがつて、代表理事の選任方を督促しうるから、仮理事が長期にわたり理事したがつて、代表理事を選任しない場合があるとは考えられないとする論もありうるが、このような考えはいわば紙の上の論であつて現実に裁判所がこのような監督権を行使する場合はほとんど考えられない。

(四) 財団法人の全理事が任期満了により退任したのに寄附行為上後任理事を選任する方法を定めた規定が存在しない場合、いかなる方法によつて後任理事を選出すべきかについては上記のように諸種の方法が考えられ、そのいずれを妥当とするかは見る人によつて異なりえ、その最終的判断は結局裁判に任せらるべきものであり、一登記官の恣意の意見によつて形式的審査権の範囲内であるとして、その一を妥当と決しうるような問題では断じてない。このことは、先に見たように登記事務関係を所管する法務省の関係官も当初は同様の見解をとつていると思われるのである(甲九号証の一、五頁参照)。原判決は登記官の審査権の範囲を不当に拡大し、争ある法律関係の解釈にまで審査権の範囲が及ぶと断じた違法を犯したものというほかないものである。

第三点 原判決の引用する第一審判決は、本件処分はネズミ講潰しの一端として政策的配慮からなされたもので違法であるとする上告人の主張に対し、直接これに答えることなく、本件処分は基本的には登記官が職務上登記を職権抹消すべき事項を発見したためなされたものと認められるから、上告人の主張は採用できないと判示した。しかし、その判示には判断遺脱もしくは理由不備の違法がある。次にその理由を述べる。

抑、形の上で一応適法行為と見られる行為であつても、その動機において不法のものがあるときは、その行為は全体として違法性を帯び違法行為と評価される場合は決して少なくはないから、かりに本件処分が適法だとしても、その抹消の動機に上告人主張のような事実があるときは、本件処分は結局違法に帰すると考えられる場合がないとはいえない筈であつて、したがつて、上告人の右の主張に対しては、その有無を認定し、その結果をも綜合して本件処分が適法かどうかを判定すべきものといわなければならない。ところで、本件処分は国会の強い圧力に屈した法務省がネズミ講潰しの一端として所轄法務局に指示してなさしめたものであるが、すでに述べたように、法務省の担当官は、当初は登記官は本件登記を職権で抹消することはできないとしていたのに、国会における執拗な質問攻めに逢い、その後検討して、任期満了により退任した理事は、特別の規定または寄附行為上の定めがないかぎり、後任の理事を選任する権限を有しないと解することができるから、本件新理事の選任が無効であることは、登記申請書添付書面上明らかであるとして、登記官は新理事就任の登記を職権で抹消することができるのではないかということで現地と相談の上就任登記後四年半を経た後その登記を抹消したものであることは、甲九号証の一、二から極めて明白であつて、これによるときは、法務省ひいて登記官は国会の圧力に屈し、従来抱いていた法律的見解を捨てて牽強附会的に商業登記法二四条一〇号の規定を拡張解釈し、登記後四年半も放置しておいた新理事の就任登記を登記官の職種で抹消したものであつて、その抹消が極めて政策的配慮に出たものであることは、毫末の疑いもないのである。したがつて、裁判所としては、国会の権威に弱い法務省職員の苦衷に憐憫の情を表わすのはともかく、本件登記を抹消するにいたつた右の経緯につき慎重審議を遂げ、その上になお、本件処分が適法であるとすべきかどうかを判断すべきものといわなければならない。

およそ、裁判所は国会の権威にも屈せずもつぱら良心に従つて法の運用をはかるべきものである。それゆえに法務省係官が国会の圧力により従来抱懐していた法律的見解を捨ててこれに迎合するような見解をとつたとしても、裁判所はこれに惑わされることなく自らの信念にもとづく法律的見解を打ち出すべきものといわなければならない。しかるに、本件の一、二審裁判所は、ネズミ講に対する世の批判、国会における審議等に動かされ、安易にネズミ講退治に資する法務省の政治的法解釈に同調し、上告人の主張につき一顧だに与えることなくこれを排斥したものであつて、原判決も結局は国会の権威に屈した政治的判決であり判断遺脱理由不備の違法な判決というのほかないものである。

附言するにネズミ講をいかに防圧するか、これによる被害者の救済をどうはかるべきかは政治その他の問題であつて本件に結びつけて解決をはかるべき問題ではない。

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